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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和63年(ネ)111号 判決 1989年1月30日

控訴人

立山町新川農業協同組合

右代表者理事

田 中 久 嗣

右訴訟代理人弁護士

浦 崎   威

被控訴人

深 川 知 義

右訴訟代理人弁護士

山 田   博

主文

一  原判決中被控訴人に関する部分を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から昭和五九年七月二九日まで年九.二五パーセント、同月三〇日から完済まで年一四パーセントの各割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は第一・二審とも被控訴人の負担とする。

四  この判決は仮に執行することができる。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

主文と同旨

2  被控訴人

(一)  本案前の答弁

(1) 本件控訴を却下する。

(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

(ニ) 本案の答弁

(1) 本件控訴を棄却する。

(2) 控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

1  控訴人の請求原因

(一)  控訴人は昭和五八年七月三〇日亡深川新作(以下亡新作という)に対し、金四〇〇万円を、利息年九.二五パーセント、遅延損害金年一四パーセント、弁済期昭和五九年七月二九日の約定で貸し渡した。

(二)  亡新作、訴外深川幸作(以下訴外幸作という)、訴外深川隆行(以下訴外隆行という)は兄弟であり、協力して深川工業株式会社(以下深川工業という)を経営していたが、亡新作は訴外幸作に対し、控訴人との間の金銭消費貸借契約の締結について、包括的に代理権を授与していた。そして、前項の契約も訴外幸作が右代理権に基づいて控訴人との間でなしたものである。

(三)  亡新作は昭和六〇年四月六日死亡した。亡新作の法定相続人としては、同人の妻である深川セツエ、同人の子である被控訴人、同深川清志、同真田卓己、同金沢浩子、同稲垣紀子、同深川健の七名がいたが、真田卓己、金沢浩子、稲垣紀子、深川健の四名は昭和六一年一二月一三日富山家庭裁判所に相続放棄を申立て、同日同裁判所に受理された。よって、被控訴人は、亡新作の債務の四分の一を法定相続したことになる。

(四)  よって、控訴人は被控訴人に対し、原審における請求分即ち四〇〇万円の一二分の一の三三万三三三三円の請求を拡張して、同四分の一の貸金一〇〇万円及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から昭和五九年七月二九日まで年九.二五パーセントの割合による利息金、同月三〇日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める。

2  被控訴人の本案前の主張

控訴人は、原案では、本訴請求として、控訴人が昭和五八年七月三〇日亡新作に貸し渡した四〇〇万円の一二分の一につき、亡新作の相続人である被控訴人に対して相続分に応じた額として返済を求めていたが、右請求額については、原判決は控訴人の請求を認めて全部勝訴させた。したがって、同判決に対して控訴人には控訴の利益がない。よって、本件控訴は控訴要件に欠けるので、その却下を求める。

3  請求原因に対する被控訴人の認否及び主張

(一)(1)  請求原因(一)(二)項は否認する。

(2) 同(三)項は認める。

(3) 同(四)項は争う。

(二)  控訴人は、被控訴人の法定相続分が四分の一であることを、別件の昭和六二年八月二〇日の口頭弁論で知った。そのため控訴人は、以後原審においていつでも右主張をすることが可能であった。しかるに控訴人はそれをせず、相続分は一二分の一であると主張し続け、今になって相続分は四分の一であると主張を変更することは、訴訟の完結を遅延させること甚だしく、時機に遅れた主張であり、民事訴訟法一三九条により却下を免れない。

4  控訴人の反論

(一)  本案前の主張に対する反論

全部勝訴の当事者には原則として控訴の利益はないが、例外として、原判決の確定により原判決より有利な申立をする機会を失う場合には、申立の変更のための控訴の利益を認めるべきである。そして、既判力により遮断される残額請求のため、第一審の請求額を拡張する場合がこれにあたる。

控訴人は、被控訴人が亡新作の債務を一二分の一法定相続したと考え本訴を提起したが、原審の口頭弁論係属中に、亡新作の他の相続人が相続放棄をしたことによって、被控訴人の法定相続分が四分の一になったことを了知した。しかし、控訴人代理人は、和解が進行していた関係もあって、原審で請求を拡張することを失念していた。そこで請求を拡張するため本件控訴を提起したのであり、控訴人が原審で請求拡張を失念したからといって、この一事によって残額請求が許されないとされるべきではない。

そして、一個の債権の一部についてのみ判決を求めることを明示して訴えを提起したときは、一部請求が認められているが、一部請求の明示がないときには、別訴で残額請求をすることは認められていない。したがって、本件は別訴をもって残額請求ができない場合であるから、控訴審での請求の拡張を認めるべきである。このことは紛争の集中的・一回的な解決という観点からも合理的である。

(二)  時機に遅れたとの主張に対する反論

控訴人の当審における請求の拡張は、故意又はこれと同視できる重大な過失によるものではなく、又新たな人証等の取調べを必要としないので、訴訟の完結を遅延させるものでもない。よって本件請求の拡張は許されるべきものである。

三  証拠関係は<省略>

理由

一本件控訴の適否について

1  事実経過について

控訴人は昭和五八年七月三〇日亡新作に四〇〇万円を貸し渡した、亡新作は昭和六〇年四月六日死亡した、同人の法定相続人は、同人の妻である深川セツエ、同人の子である被控訴人、同深川清志、同真田卓己、同金沢浩子、同稲垣紀子、同深川健の七名であり、被控訴人の法定相続分は一二分の一である。よって、控訴人は、被控訴人に対し、四〇〇万円の一二分の一である三三万三三三三円及びこれに対する昭和五八年七月三〇日から昭和五九年七月二九日まで年九.二五パーセントの割合による利息金、同月三〇日から完済まで年一四パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める、との支払命令を申立て、右支払命令に対する被控訴人の異議申立により訴訟手続に移行したこと、右訴訟中、真田卓己、金沢浩子、稲垣紀子、深川健の四名が昭和六一年一二月一三日富山家庭裁判所に相続放棄を申立て、同日同裁判所が受理したことにより、被控訴人の法定相続分は四分の一になったが、控訴人代理人は、右相続放棄の結果、被控訴人の法定相続分が増加したことを知ったにも拘わらず、被控訴人に対する請求を拡張しなかったこと、そのため原審は、昭和六二年一〇月二七日終結した口頭弁論に基づき、昭和六三年五月三一日控訴人の被控訴人に対する右請求を全部認容する勝訴判決を言渡したこと、そこで控訴人は、右請求を拡張するため本件控訴に及び、当審では被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張を改め、被控訴人に対し、貸金一〇〇万円及びこれに対する前記同旨の利息金・遅延損害金の支払を求めるに至ったこと、以上の事実が記録上明らかである。

2 控訴の利益について

全部勝訴の判決を受けた当事者は、原則として控訴の利益がなく、訴えの変更又は反訴の提起をなすためであっても同様であるが、人事訴訟手続法九条二項(別訴の禁止)、民事執行法三四条二項(異議事由の同時主張)等の如く、特別の政策的理由から別訴の提起が禁止されている場合には、別訴で主張できるものも、同一訴訟手続内で主張しておかないと、訴訟上主張する機会が奪われてしまうという不利益を受けるので、それらの請求については、同一訴訟手続内での主張の機会をできるだけ多く与える必要があり、また、この不利益は、全部勝訴の一審判決後は控訴という形で判決の確定を妨げることによってしか排除し得ないので、例外として、これらの場合には、訴えの変更又は反訴の提起をなすために控訴をする利益を認めるべきである。

そして、その理由を進めて行くと、いわゆる一部請求の場合につき、一個の債権の一部についてのみ判決を求める趣旨が明示されていないときは、請求額を訴訟物たる債権の全部として訴求したものと解すべく、ある金額の支払を請求権の全部として訴求し勝訴の確定判決を得た後、別訴において、右請求を請求権の一部である旨主張しその残額を訴求することは、許されないと解されるので(最高判昭和三二年六月七日民集一一巻六号九四八頁参照)、この場合には、一部請求についての確定判決は残額の請求を遮断し、債権者はもはや残額を訴求する機会を失ってしまうことになり、前述の別訴禁止が法律上規定されている場合と同一となる。したがって、黙示の一部請求につき全部勝訴の判決を受けた当事者についても、例外として請求拡張のための控訴の利益を認めるのが相当ということになる。

3 本件控訴の適否について

これを本件についてみるに、控訴人は、被控訴人が亡新作の債務を一二分の一法定相続したとして、貸金三三万三三三三円及びその利息金・遅延損害金の支払を、請求権の全部として訴求して本訴を提起したのであり、右請求を全部認容した原判決が確定すると、控訴人は、実は被控訴人の法定相続分は四分の一であったとして、右請求を請求権の一部である旨主張し、再度別訴で、その残額である貸金元本六六万六六六七円及びその利息金・遅延損害金を訴求することは許されないのであるから、控訴人は、全部勝訴の原判決に対しても、請求の拡張のため控訴の利益が認められるべきである。

控訴人は、本訴が原審の口頭弁論係属中に、亡新作の他の相続人が相続放棄をしたことによって、被控訴人の法定相続分が四分の一であったことを了知し、原審で請求を拡張することが可能であったのに、原審ではそれを失念していたことを自認している。しかし、攻撃防禦方法は、別段の規定ある場合を除き、口頭弁論の終結に至るまで提出することができ、訴えの変更についても同様であって、控訴審においても許されていること、もっとも訴訟手続を著しく遅延せしむべき場合は訴えの変更は許されないが、訴えの変更の許否は、訴訟手続を遅滞せしめるか否かにかかっており、原審において変更できたのにしなかったことに過失があるか否かを基準としてはいないこと、攻撃防禦方法の提出の制限についても「故意又は重大な過失」を要件としており、単なる過失は含まれていないこと、控訴人が原審で請求拡張ができるのにそれを失念していたというのは、単なる過失であって重大な過失でなく、控訴人の請求拡張のための控訴の利益を否定すると、かえって控訴人は訴訟手続により残額を請求する機会を永久に奪われてしまうという重大な不利益を受けることになって、右過失と結果との間に不均衡を生ずることなどの理由から、控訴人が原審で請求拡張を失念したという一事によって、本件控訴の利益を否定するのは相当でないというべきである。

よって、本件控訴は適法であり、被控訴人の本案前の答弁は理由がない。

二控訴人の本訴請求の当否について

1  民事訴訟法一三九条に基づく却下の主張について

被控訴人は、控訴人が当審になって被控訴人の法定相続分が四分の一であると主張するのは、時機に遅れた主張であるとして、民事訴訟法一三九条に基づき却下を求める。そして、請求の拡張を伴なうので訴えの変更にも当り、著しく訴訟手続を遅滞せしむべき場合であるか否かを審査する必要がある。しかし、控訴人は、被控訴人が法定相続分は一二分の一ではなく四分の一であると主張を変更したのみで、その他新たな攻撃防禦方法を提出したわけでなく、しかも前記のとおり被控訴人の法定相続分が四分の一であることは当事者間に争いがないから、計算問題が残っているに過ぎず、訴訟手続を著しく遅滞せしめることにはならないから、右主張は失当であって、本件訴えの変更は許される。

2  控訴人の本訴請求の当否について

控訴人の本訴請求は理由があるものと判断するところ、その理由は、原判決理由一、二項(同五枚目表二行目から同八枚目表末行まで)中、控訴人と被控訴人に関する部分記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。但し、原判決五枚目表二行目の「6項」を「(三)項」と、同六枚目裏末行の「請求原因1、2項の契約がなされた旨」を「、控訴人が昭和五八年七月三〇日訴外隆行に対し金二〇〇万円を貸し渡し、亡新作が同日控訴人に対し、右訴外隆行の控訴人に対する債務を連帯保証した旨」と、同七枚目表初行の「同3項」を「請求原因(一)項」と改め、同「各」を削り、同八枚目表七行目の「3項」を「(一)項」と改める。

三結論

よって、控訴人の当審における拡張後の本訴請求は全て理由があり認容すべきであるから、原判決を右のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する

(裁判長裁判官井上孝一 裁判官井垣敏生 裁判官紙浦健二)

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